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徒然なる熊さんのお薦め本9 「エコノミック・ヒットマン」  著者「ジョン・パーキンス」  出版社「東洋経済新報社」

 「アメリカは世界の経済をリードする牽引車である。」・・・とは一昔前はよく言われたものである。世界最高の技術で新しい未来を開き、貧しく未開の土地に住む人々にも豊かで先進的な生活を提供する。それこそが、アメリカの変わらぬ使命である。と信じている人達は多かった。
だが、現在「9・11事件」を転機にそんなアメリカの「作られた幻想」に目を覚まし本当のアメリカの姿を探ろうとする人々や、「体制側」に取り入れられ真実を語ることが出来なかったが良心を失わなかった真摯なる人々が、講演活動や執筆活動を通して一般アメリカ国民に対して、本当の自由と平等の精神の体現を目指す「啓蒙活動」を展開する様になった事は、意味のある事であろう。
 著者であるジョン・パーキンス氏はそんな目覚めた啓蒙者の1人である。氏は表の肩書きは某コンサルティング会社の敏腕エコノミストという名前だが、実際には「エコノミック・ヒットマン」というアメリカ政府の意向を受けた政治色の強い、諜報部員の様な仕事をしていた。どんな仕事か具体的に述べるならば、「世界各国の指導者達をアメリカの商業利益を促進する巨大なネットワークに取り込み、最終的にはそうした指導者達を負債の罠に落とし、融資先の国々の経済を破綻させて、永遠に債権者(アメリカ)の言いなりにならざるを得ない状況に追い込み、軍事基地の設置や国連での投票や石油をはじめとする天然資源の獲得において、有利な取引を展開する・・・」というものである。
氏は10年近くこの様な仕事を続け、アメリカ企業や世界銀行等のグローバルネットワークの組織に多大な利益を還元させてきたが、常に仕事を行う度に多くの矛盾等に苛まれ遂に自ら辞職する形を取った。それは、彼自身の心の中には真実を見失わない誠実さが決して消えなかったためであろう。・・・

「開発援助」という甘い罠

著者がエコノミックヒットマンとして訓練(その事は家族の誰にも言ってはならないとか、若し口外すれば自らの命を危うくする等、警告を指導官より受けていた様である!)を受け、最初に赴任した国は「インドネシア」であった。この国は現在はOPECを脱退して原油輸入国に なっているが、1971年頃は豊富な原油埋蔵量があった。アメリカのエスタブリッシュメント達は、この原油に目を付け「開発援助」と「近代化」という甘い言葉で段階的にこの国に巨額の債務を負わせ、合理的な資源の搾取とイスラム教国家としての側面に留意して、他の中近東諸国に対する「好ましい影響」をインドネシアの「先進的な近代化」を実現させる事により与えていく事を画策したのだった。 ・・・だが、アメリカの真の狙いは世界中の全ての国々を支配下に治めた「史上最大の帝国」になる事だった。その事に気付いていたインドネシアの若い学生が、イギリスの歴史家であるトインビーの著作「試練に立つ文明」の内容から、将来は21世紀に「キリスト教徒とイスラム教徒の争い」が起こる・・・と見抜いていた。(これは最近でもアメリカの政治学者であるハンチントンの著作「文明の衝突」の中で、キリスト教文明とイスラム教文明との摩擦が強くなる・・・との同じ見解が書かれているのは、決して偶然ではないだろう・・・)
本書内では、その様なアメリカの狙いを知った上で、インドネシアの学生が「私達は強くなるのを待つ、そして時が来たら蛇のように(アメリカに)咬みつく。」と抵抗、反撃する意思がある事を著者に話すシーンがあった。・・・(日本の学生なら、到底こんな意思など持ちようが無いだろうが・・・)
著者の出した1つの結論として、「アメリカが、ある他国の経済の成長を助ける事は、その国のピラミッドの頂点にいる人々をより豊かにするだけで底辺にいる人々は、より低い場所に追いやられるだけだ。」としている。インドネシア国内でも爆弾を使用した「テロ事件」が多発しているが、この事と無関係ではなさそうである。・・・・・

次は中東諸国に於けるアメリカの経済戦略を見ていこう。

サウジアラビアの場合

サウジアラビアはOPECの中心的存在でもあり、石油埋蔵量も豊富である。1973年の第4次中東戦争を契機にアラビア諸国は、イスラエル寄りのアメリカに対して全面的な石油の輸出禁止の措置をとった。このため極端なインフレショックを経験したアメリカは、対立姿勢から協調路線に変更し、中でも原油の輸出により莫大な利益を得ているサウジアラビアに着目して、従来のエコノミックヒットマン的なやり方ではなく、サウジアラビアの金でアメリカ企業を雇って最新の技術や武器、軍事教育を提供していくという手法を取った。
勿論、最終的な目的は巨額の「オイルマネー」をアメリカに還流させる方向に持って行く事であり、アメリカ経済との繋がりを深め、依存度を高めてサウジ国自体を西欧のシステムに組み込んでいく事にあった。・・・その結果、現在ではアメリカのブッシュ家とサウジのビン・ラディン家という特別な関係が築かれる事となった。

 ブッシュjrは政治の世界に入る前は、父親と同様に石油会社を経営していて何度か倒産の危機にも直面するが、ヒューストンの投資家であるジェームス・パースの出資を受けていたが、この人物はサウジのビン・ラディンの財閥(ビン・ラディン家は1950年代からサウド王家に取り入り、国家レベルの建設プロジェクトを受注して拡大したイスラム世界最大の建設会社を傘下に持つグローバル企業である。)の当主でオサマの兄にあたるサレム・M・ビン・ラディンのビジネス代理人も務めていた。つまり、ブッシュ家とビン・ラディン家は第三者を介してビジネス上の付き合いがあったのである。
 また、父ブッシュはCIA長官時代にサウジアラビアとの諜報分野における関係を密にして、サウジの諜報機関の近代化に手を貸した事で、アラブ世界では「サウジアラビアの副大統領」の異名を持っていた。彼はまた、サウジの豊富なオイルマネーをアフガニスタンの内戦やCIAの活動につぎ込んだりしていた。その際のマネーロンダリングを国際商業信用銀行(BCCI)を介して行っていた。

BCCI銀行。1972年にパキスタン人の銀行家アガ・ハサン・アベディにより設立されるが、数々の不正な経営活動に関わり、1991年に営業停止に追い込まれた。・・・

この銀行は「麻薬資金のロンダリング」、「テロリストへの資金供給、武器取引」を行い、特に1979年に始まった「アフガン戦争」(実際にはアメリカが仕掛けた罠だったという説がある。)では、旧ソ連軍と戦った「ムジャヒディン」というイスラム教徒のゲリラ部隊に軍事資金を提供したり、武器を運搬したりした。その際に、ムジャヒディン一派は戦費を賄うために麻薬生産に励み、1981年当時はアフガン産の「ヘロイン」が西ヨーロッパやアメリカで消費された分の60%を占めていたという。 この大量のヘロインを彼らから受け取り、世界市場で売りさばき大儲けしたのがBCCIなのである。そして、この銀行にサウジの大富豪達が取引先として資金を預けていた事は憶えていた方がよいであろう。・・・
また、オサマの兄であるサレムはいくつものアメリカの大手企業に投資している。その中の1つに「カーライル・グループ」があるが、父ブッシュはそこの顧問を務めている。
しかし、このビン・ラディン家からブッシュjrが「テロリスト」呼ばわりしたオサマには長年に亘って資金(テロ行為のための?)が流れているという。アメリカがオサマの尻尾を捕まえられない大きな理由の1つは、サウジが彼を保護しているためだと、研究者アントニーサットン氏は主張しているのだが・・・

イラクの場合

今となっては、アメリカのブッシュ政権がイラク国内の膨大な油田の量(一説にはサウジの埋蔵量を超えるらしい)を手に入れるために自作自演の「9・11テロ」を起こし、イスラム教徒への敵愾心を煽りイラクへの軍事攻撃を「無限の正義」というわざとらしい「スローガン」を使って正当化した事は、誰もが気付いた事であろう。ブッシュjrは白々しくもイラクを「悪の帝国」と呼んだが、中東諸国でも最強の軍事力を持つようになったこの国を支援してきたのは誰か?・・・・・それは他ならぬアメリカである!
1980年から始まったイランとの戦争の際に、アメリカは1984年から終戦の1988年までの間に総額297億ドルもの兵器をイラクに供給しているのだ。また、85年から89年にかけてはアメリカ企業が、「炭疸菌」「ボツリヌス菌」「ブルセラ菌」「ウェルシュ菌」といった病原性生物をイラクに輸出している。あのラムズフェルドも1983年にイラクを訪問。フセインと90分間の会談をおこなっていた。この時期、アメリカとイラクは「蜜月の関係」だった。そして、アメリカはイラクに対して「ある計画」を実行しようとした。・・・それこそが、エコノミックヒットマンによるサウジアラビアと同様の「オイルマネー」をアメリカに還流させる方向に持って行く事だった。・・・しかし、フセインはこれを了承せず計画は水泡に帰す。

その後、アメリカはどうしたか?・・・著者は本書内で「若しエコノミックヒットマンの計画が失敗すれば、さらに邪悪なヒットマン(CIA、マフィア)であるジャッカル達の出番となる。そして、ジャッカルも失敗すれば軍隊が出動する。・・・」そう、この言葉の通りにアメリカはイラクに対して「大義なき戦争」を仕掛けたのだ。
フセインはクウェートを侵略する90年の8月2日のわずか1週間前に、アメリカ大使エイプリル・グラスピーと会って「アメリカはイラクとクウェートの国境線争いの様なアラブ同士の紛争には、何ら口を差し挟むものではない。」と念を押され、さらにベーカー国務長官からの「この問題はアメリカとは関係がない。」(意図的なフェイント発言)との言葉を真に受けたフセインは見事に騙され、クウェートに軍事侵攻してアメリカを中心とする多国籍軍により中東最強と言われた軍事力を削がれてしまうのである。・・・・・
アメリカがイラクにどうしても自らの「植民地」を作りたかった理由として、
1.豊富な油田の埋蔵量を保有している事以外に「チグリス川」と「ユーフラテス川」という2つの大河川が流れ、貴重な水資源があるという事、
2.イラン、クウェート、サウジアラビア、ヨルダン、シリア、トルコといったアラブ地域の主要な国々と国境を接していて、ペルシャ湾にも面しているという軍事戦略上重要な位置にある
という事が考えられる。
イラクへの軍事侵攻が一通り終了すると、予想通りに石油関連企業や巨大企業であるべクテルグループに「復興支援」という美名の下に、「永続的な経済支配」を断行させるべく現地法人を設立させていった。そして、これらの名門大企業の役員や最高経営責任者等の地位にブッシュ政権下で重要な閣僚だった者がいたのである。そして、エコノミックヒットマン達が当初描いていた絵図通りに「イラクの豊富なオイルマネーをアメリカに還流させていく」というビジネスを展開していくのだ。・・・

イランの場合

 サウジ、イラク同様に豊富な油田埋蔵量を保有するイランは、やはりエコノミックヒットマンのターゲットにされた国だった。(しかし、現在はご存知の様にイランのオイルマネーはEUの「ユーロ」と日本の「円」で立て替えられるようになった。)第二次大戦前はイランの石油の利益の8割方はイギリスが得ていた。この状況を改善しようと現れた政治家がモハマド・モサデク首相であり、英から石油利権の奪還をめざす政党「国民戦線」を結成し、議会で勢力を拡大したが、この運動を支持していたのはイラン国民だけではなく、アメリカ政府も協力していた。モサデクは石油産業を国有化してイギリスに交渉しようとしたが、イギリスはこれに応じず同盟国にイランの石油を買わないよう頼むなど、イランに対する経済制裁を発動した。この時、日本も対米従属だったがゆえに、英の制止を無視し、出光興産がイランから石油を買い付けたという・・・
しかし、このアメリカの親モサデク政権の態度は1953年に米大統領が民主党のトルーマンから、共和党のアイゼンハワーに交代するとともに一転する。大統領就任後、アイゼンハワーはイギリス側と連携を取りつつCIAを使い秘密裏にモサデク政権の転覆を狙う。CIAはマスコミを使い「イランの経済状況の悪化はモサデク本人に責任がある。」等、あらぬスキャンダル話を広め、遂にモサデク首相はイラン国軍により逮捕されてしまう。(失脚後は自宅軟禁状態が続き60年代に死去するが、今でもイラン国民に慕われているという)
その後、イランの統治者はシャー(王)であるパーレビとなるが、ご存知「イラン・イスラム革命」が起こり、パーレビは国外追放されてしまう。・・・ここで1つの疑問が起こる。アメリカやイギリスの「お墨付き」を貰っているはずなのにパーレビは何故追放されてしまうのか?・・・(この問題は石油関連のビジネスの話とは関係ないが、述べていく。)
答えはこうである。パーレビ国王はイギリスがイランで行っていた石油取引以上に巨額の利益を生む「アヘン貿易」を取り締まったからである。パーレビがイランを引き継いだ時、国内にはアヘン・ヘロイン中毒患者が100万人もいたという。彼はこの憂うべき状況を改善すべく取締りを行った。その結果、欧州の麻薬ビジネスとも深い関係を持っている「秘密結社」の庇護を受けたホメイニ師がイランに乗り込んできたのである。その証拠として、1984年以降ホメイニのアヘンに対するリベラルな姿勢のために、国際連合及びWHOの統計によればイラン国内の中毒患者数は200万人に増加したのである!(余談だが、イスラム教原理主義者が政敵を暗殺する場合に使用する暗殺者の事を「アサシン」と呼ぶが、この語源には大麻が当てはまる。そして、実際にこの様な暗殺者達は麻薬を使用して、恐怖や理性を失わせ洗脳された状態で仕事に取り掛かる事が多い。勿論、イスラム圏の人間だけではなく、CIA等も麻薬を使用して事に当たらせる訳だが。・・・)

次に中南米の場合を見ていこう・・・

パナマの場合

 北アメリカ大陸と南アメリカ大陸との境に位置するこの共和国は、隣国コロンビアやアメリカの支配力の狭間で度重なる内政干渉を受けてきた。特にアメリカにより軍事的干渉を受け、国家内部に傀儡政権が作られ長く支配される歴史を経てきた。著者は「パナマ」という国を「アメリカの利益のために、アメリカ人とフランス人によって作られた契約によって力ずくでコンロビアから切り離された・・・」と表現している。パナマ国を少数独裁政治で支配していたのは、アメリカ政府に強力なコネを持つ一部の富裕な人々であり、格差是正を目指す民主的な社会運動を抑圧する事が、自らの保身に繋がりアメリカの安泰に貢献していると考えていた。しかし、この様な政治的状況の中で独裁者のパナマ人アルヌルフォ・アリエスがクーデターで倒され、オマール・トリホス将軍が実権を掌握する。

オマール・トリホス( 1929年2月13日 - 1981年7月31日)

トリホスは一部の富裕層の人達だけではなく、貧しい人々の意見を尊重するという庶民派の軍人政治家だった。また、共産主義を主張して旧ソ連や中国の傘下に入ろうとしたわけでもない。・・・彼はどこの大国の陣営にも属せず、1国家としての独立と主権を主張したのである。それはパナマ運河の運河および当運河地帯の施政権を自国で掌握し、経済的利益も得ていこうという主張だった。著者は、そんな状況下の中で「エコノミック・ヒットマン」としてパナマに乗り込んでくる。いつも他国に対して使う策略として、通常の見積もり予想成長値よりも「ふっかけた」高めの予想値を提出し、相手国が返済不能に陥るまでの借金をさせ合理的に搾取していく・・・というパターンは取らなかった。著者はトリホスと直に会って対談する内に、彼の誠実さ、聡明さに惹かれ開発見積もり書を企業側に沿ったものではなく、トリホス自身が提案したものに沿う見積もり計画書を作成、実行しようとする。
しかし、・・・残念ながら1981年7月31日に、自家用飛行機を操縦中に飛行機が爆発、トリホスは命を落としてしまう・・・この事故はCIAによる暗殺事件だと世論は騒ぐが、真相は究明されなかった。つまり、ジャッカルが動いたのである。・・・その後、彼の意思はマヌエル・ノリエガ将軍に受け継がれていくかに見えた。新パナマ運河建設計画は、日本企業がその資金調達と建設に当たる予定であったが、アメリカ政府とその企業達が数十億ドルもの利益を失う事に危機感を覚え、様々な妨害工作を仕掛けた。また、ノリエガ自身CIAと親密になるにつれコロンビア等の「麻薬組織」と関係を持つようになり、(恐らく、CIA は最初からこうなる事を計画していたのだろうが・・・)いつの間にやら、「麻薬取引」を始めとする複数の不法ビジネスに手を染める「堕落と退廃のシンボル」になってしまった。

マヌエル・ノリエガ(1934年2月11日 -〜)

 そんな中で、1989年12月20日にアメリカは第二次世界大戦以来最大規模といわれる都市爆撃をパナマに対して行う。 いわゆるアメリカの強権最終策である。後にノリエガはこの様に語っている。

「アメリカによって1986年に発動され、1989年のパナマ侵攻で終わった政権打倒キャンペーンは、パナマ運河の将来の支配権が日本の援助を受けた独立主権国家パナマにあるという筋書きを、アメリカが徹底的に拒否した結果だった。」

米軍によるパナマ侵攻

・・・この地球上で最強と言える軍隊による国際法違反と、無防備な一般人を巻き込んだ軍事攻撃に対して、世界は激怒したがアメリカ国内では、その怒りや米政府が犯した罪を認識していた人は殆どいなかった。しかし、「ニューズディー」の記者でAP通信の特派員を務めたピーター・アイズナーは、パナマ侵攻を振り返り次の様に述べている。「政治状況についての分析や、パナマ侵攻の前後及び最中に私が記した記録から判断して、アメリカのパナマ侵攻は忌まわしい権力乱用だったという結論に至った。主に傲慢なアメリカの政治家達や、彼らと結んだパナマ人達の目的を達するために不条理にも流血の犠牲が払われたのだ。」と。・・・

 

エクアドルの場合

この南アメリカ西部に位置する共和制国家は1960年代終わりに、アマゾン川流域で石油の大規模な採掘が始められ、石油の買い手が殺到してこの国を支配する一部の有力者達は例により、「エコノミック・ヒットマン」の策謀に陥り自国に莫大な借金を背負わせてしまう。またしても、国際的なエンジニアリング会社が乗り込みアメリカにとって都合の良い資源確保の道筋が付けられたのである。
だが、そんな中で大衆の意思を重んじて貧しい人々の権利を強く代弁し、国家の天然資源は思慮深く自国で利用する責任と権利があると主張する大統領が現れる。・・・それがハイメ・ロルドスだった。彼は巨大資本石油会社やそれらを支えるシステムに潜む独善的な欺瞞性に敢然と挑戦していった。先ず、彼はアメリカに本部を持つキリスト教・福音派の伝道団であるSILが石油会社と悪意ある共謀をしていると告発した。

SILのロゴマーク

この組織は少数民族の土地固有の言語を研究したり、録音したり翻訳したりするという名目で、様々な国に潜入していく。だが、行く国々で諜報活動も行っているというのだ。エクアドルでは、ある地域の地下に石油が埋蔵されている可能性が高いと地質学者が企業に報告すると、SILがやって来て先住民達に「その土地から出て行き、衣食住が無償で提供され、教育も受けられる居留地に行け。」と勧めてくるという。また、地元住民に下剤を混入した食物を与えたうえで、今度は善意あるふりをしてして下剤の治療薬を提供したり、2重底に無線機を仕込んだバスケットに食料を入れて先住民の居住区にばら撒き様子を観察したりと、諜報部の様な活動をしていた。さらに決定的な関係としてSILはロックフェラー財団から資金援助を得ていた。(ロックフェラー財団は他にも様々なキリスト教関連の団体にも献金している。)
大統領になったロルドスは石油メジャー資本の大企業と彼らの手下であるキリスト教団体との闘争を始めなければならなかった。・・・

あくまで、自国の天然資源の確保と経済的自立を主張するロルドスはSILの伝道団を追放して、さらに全ての外国企業に対してエクアドル国民の為になる計画を実行しない限り、強制的に国内より追い出すと警告する。
・・・しかし、1981年5月24日、エクアドル南部の小さな集落にヘリコプターで向かう途中、突然爆発し帰らぬ人となった。・・・ラテンアメリカ諸国の新聞は「CIAによる暗殺」と非難したが、証拠は出なかった。その後、オズバルド・ウルタドが大統領に就任するがロルドスの意思を引き継ぐ事はなかった。

・・・この様にエコノミックヒットマンの策謀に抵抗して、アメリカの為ではなく自国の為に資源活用をしたり長期的にバランスの取れた経済計画を実行しようとする指導者達は、手段を選ばぬ方法(最終的には国力を挙げた戦争行為に訴える訳だが)により排除されてしまうのである。・・・しかも、正義はアメリカ側にある様に見せかけて・・・

ここで、一番注意しなければならない事は「アメリカは自国の利益の為なら、平気で国家ぐるみのウソを付き自国の国民を犠牲にしても(主に自作自演テロ)、目的の利権を手にして行く。」という事である。近年では「9・11事件」が記憶に新しいが、この様な演出は今に始まった事ではないという・・・以下にそれらを見ていこう・・・

トンキン湾事件

 1964年8月に起こったこの事件はアメリカが本格的にベトナム戦争を遂行する為の、「自作自演テロ」だったという。アメリカ海軍の駆逐艦「マドックス」に2発の魚雷が撃ちこまれたが、この事件を口実にアメリカは北ベトナム軍の海軍基地を攻撃して、ベトナム戦争に介入して行く。・・・
だが、71年になり「ニューヨーク・タイムズ」のニール・シーハン記者が政府の機密文書を手に入れ、トンキン湾事件が「自作自演」であった事を暴露している。また、95年には当時の国防長官ロバート・マクナマラが同様の証言をしている。(ちなみにこの人物は、本書エコノミックヒットマンにも登場して来る元世界銀行総裁「エコノミックヒットマン達の総司令官と言ってもいい存在」である!)・・・他にベトナム戦争で見落としてはならない重要な事柄として、

アメリカがこの戦争に介入して来た理由として、一般的には「ドミノ理論」による連鎖的な「アジアの共産化」に対する対抗手段として考えられているが、実際には「麻薬を巡る莫大な利益」が絡んだ戦争であったと主張する社会学者もいる。・・・(こう考えると現在、アフガニスタン地域で莫大な量のアヘンの生産が行われているが、そこにアメリカ兵を増援しようとしているオバマ政権の狙いも少しは見えてくるのではないか?

アフガン内にあるケシ畑の中を歩くアメリカ兵(何だか嬉しそうな感じ・・・)

尚、1973年1月27日のパリ会談において、アメリカは「ベトナムにおける戦争の終結と平和回復に関する協定」に署名して、復興支援金の支払いを約束してるが、その後1ドルも支払ってないという。・・・

「メイン号爆破事件」

 1898年2月15日、アメリカがハバナ港に派遣していた戦艦「メイン号」が突然爆発し、266人の死傷者が出た。(その内8人は日本人だったという。)当時の世界情勢は、スペインがキューバやフィリピン、プエルトリコを植民地にしていたが、スペインにかつての強力な支配力は無く制海権も英国やアメリカの拡大が目覚しかった。また、スペインが支配していた地域では独立運動が盛んになり、特にキューバやフィリピンでは数十年に渡るゲリラ戦争が展開されていて、スペイン政府はその鎮圧の為に現地に軍事キャンプを作り、反逆者の疑いのある者達を次々に処刑、投獄していった。
そんな中、当時のアメリカ国内の新聞社はキューバ政府のやり方を批判し、「キューバの独立の為にアメリカが力を貸すべきだ。」という論調が盛んになった。実際にキューバの経済の多くは既にアメリカの手にあり、結びつきは強かった。キューバとアメリカとの経済効果を見込んで、スペインを排除する意見としてネブラスカ州の上院議員ジョン・M・サーストンは「スペインとの戦いは、すべてのアメリカの鉄道ビジネスおよび所得を増加させるだろう。それは、すべてのアメリカの工場の出力を増加させるだろう。それは、産業と国内通商のすべての流通を刺激するだろう。」と述べている。・・・

 そして、この「メイン号爆破事件」が起きて以来、アメリカの新聞社は「事件の仕業はスペインである。」という論調で決め付け(実際にはスペインの犯行であるとは断定出来なかったのだが・・・)スペインはアメリカとの軍事的衝突には消極的だったのだが、アメリカの新聞社は「メインを思い出せ!くたばれスペイン!」という好戦的で感情的なスローガンを唱え、国民の戦争への同調を呼びかけた。
その後、「米西戦争」が勃発してアメリカの圧勝に終わる。・・・この戦いで、スペインは太平洋艦隊、大西洋艦隊を失い主要な制海権はアメリカのものとなった。アメリカは、フィリピン、グアムおよびプエルトリコを含むスペイン植民地のほとんどすべてを獲得し、キューバを保護国として事実上の支配下に置いた。これより以降、アメリカは事実上の「覇権国家」となるのである。
・・・しかし、先にも述べた様に「メイン号爆破事件」の犯人はスペインと断定する事は現在でも出来ていない。寧ろ、この爆破事件はアメリカによる自作自演のテロであったと見る歴史学者は多い。・・・

この様にアメリカが行ってきた「自作自演テロ」は昔からあった様である。勿論それは自国の経済利益を独占していくためであるが、自国の民衆を騙している事には変わりはない。アメリカの建国精神である「自由」「博愛」とはかけ離れた行為である。ましてや正義等論外である。・・・「アメリカは世界経済の牽引車」・・・と言われたにしても、その地位を得る為に様々な詐欺行為もしくは、背信行為(詳しくは述べませんが、第二次大戦時もアメリカの財閥系大企業はナチスと軍事関係の産業分野で取引を行っていたのである。ブッシュjrの祖父も関係しており、多大な利益を得ていたという。)も辞さない狡猾なる一部の人々がリードしてきたと思うと・・・複雑な気持ちになるのは私1人ではないと思う。

最後にこのアメリカを影で支配している秘密結社の存在に気付き、一般大衆に警鐘を鳴らし続けた勇気ある経済学者でもあったアントニー・サットン氏 の言葉を紹介したい。

「腐敗と虚偽の上に成り立っている体制は、いずれ自壊していくのだ。・・・」

参考文献

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